History

​大正3年創業 竹中精麦所

疏水完成(明治23年,1890年)の翌年に使用許可の下りた水車用水路が時忘舎の敷地内を流れています.

この水路を利用して水車動力による精麦業を立ち上げたのが現在の所有者の祖父にあたる竹中亀吉.

それまでの4代の所有者のような投機目的ではなく、水路活用により商いを営む事を始めます.

この商いが疏水から荷揚げした麦を精製し販売する「精麦業(せいばくぎょう)」です. 大正3年竹中精麦所創業.

当時、現在の仁王門通りに面した土地は近江商人の富裕層によって購入され、その裏手は庶民による商業が営まれており、時忘舎界隈には同じく水車動力を利用した精米所や、水力を要する友禅染の工場等がありました.

やがて太平洋戦争の戦局の悪化にともない食糧管理令(しょくりょうかんりれい)の公布により自由な商売が出来なくなり、商売を畳む事となりますがその後は工場内部を細かく板で仕切り文化アパートにするなどしておりました.​

竹中 亀吉, Kamekichi TAKENAKA

こうして、白川べりに佇み続けた工場跡も、アパートやマンションの出現により所有者管理の下で人目につかずひっそりと役割を無くし眠り続けておりましたが、2016年孫の手により京都近代産業史の礎を担った工場跡及び界隈の所有区画を保存活用する為に法人設立し、その試みの一つとして2019年「時忘舎(じぼうしゃ)」オープンとなりました. 

私どもの根底にあるのは、京都庶民が歩んだ道のりを少しでも知っていただき、本来の京都の姿を知っていただきたいという願い、またこの白川沿いの豊かな環境を現代の方々の癒しの場所として、より良い環境をつくりながら次世代へ継承してまいりたいという想いです. 

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